独り言は大声で。

完全不定期で、受験の話をしたり旅行の話をしたりしていきます。たまに覗きにくるといいことあるかも。

220203 オタクを正当化する。

 盛大に放置しているうちに、旅行記はもはやどこまで何を書いたのかすら覚えていない状態になってしまいました。いくら記憶力に自信があるといえども、半年前の旅行を思い出すというのも無理な話なのでまあ適当にフェードアウトさせるというか、次の旅行記を始めて誤魔化してしまおうというか、つまり得意技の「なかったことにする」を実行することを検討しています。これを書いてしまっては意味がないわけですが、まあいいんですよ。そんなことを気にする人はこのブログを読んでいないでしょう。

 というわけで(どういうわけで?)、今日は特に話題のないままにブログを書き始めてしまいました。中高の落研時代には枕を考えずに高座に上がるということもよくありましたが、それと同じですね。しかしこれはなんとかなるからよかったのであって、なんとかならないとしたらそれは全く無意味なわけです。そういえば、落研の同期が「落語を覚えずに高座に上がる」というチャレンジをして玉砕していたのを思い出しました。「枕がありません」はよくある話ですが「落語がありません」はなかなかない話です。彼は「牛ほめ」という牛を褒める噺をやろうとして牛を褒めずに終わっていました。それはそれで面白かったので良いとは思いますがね。

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写真と本文は関係ありません。

オタク誕生までの話

 小学生の中にもたまに(50人に一人くらい?)なんらかのオタクが紛れ込んでいるものです。今まで出会った中では車や鉄道、アイドル、変わったところでは城好きというのもいましたが、鉄道オタクが多い気がします。そういえば、「二月の勝者」でも校舎の横を通る車両の通過時刻を把握している男の子が出てきましたね。机に時刻を書くというのは大胆だなとは思いましたが、気持ちはとてもよくわかります。かくいうぼくも小学生時代から鉄道、自動車、飛行機と色々なもののオタクになってきました。乗り物なら大体のものに興味を持ったことがあるのです。

 四谷大塚の通信教育をやめて実際の校舎に通い始めたのも、電車で通えるというのが大きかった記憶があります。家から30分以上かかる校舎でしたが、バスと電車を乗り継いでいくのは小学生のぼくにとってはとても楽しい小旅行で通塾は全く苦になりませんでした。ハイブリッドのバスが普及し始めた頃でそれが来ると嬉しかったり、田園都市線で何系が来るかを楽しみにしていたり、帰りは好きな車両が来るまで待ってみたり、とにかく通塾するのは楽しかった記憶があります。その頃の田園都市線は5000系が最新で、あとはメトロの08系、東武の50000系あたりが来ると喜んでいました。特に嬉しかったのは東武の30000系で、逆に嫌だったのは東急の8500系とメトロの8000系でした。特に8000系は窓が高い位置にあるせいで外が見えないのが許せなかった記憶があります。土曜日の帰りだと大井町線の車両が乗り入れていることがあって、それが来ると飛び跳ねて喜んでいました。こんなことを言われても「???」となる人がほとんどだと思いますが、そもそもわかってもらおうと思って書いていないのでわからなければ読み飛ばしてください。オタクとはそういうものです。麻布コースに入ってからは東横線にも乗れるようになって、頑張って勉強してよかったなと思いながら9000系を選んで帰っていました。あの頃はまだたくさん走っていたんです。ちなみに副都心線と直通運転するようになってから、トンネルに入れないせいで引退しました。

 芝に入ったらもうなんでもありで、学校帰りに色々なところに出かけていました。部活がない日はロマンスカーに乗ってみたり、常磐線で取手まで行ってみたり、西武線で飯能まで行ってみたり、とにかくいろいろなところに出かけていたので部活がない日の方が帰りが遅かった記憶があります。その頃の日比谷線はまだ03系がたくさん走っていました。アナウンスは更新前のものだったし、ホームのアナウンスも昔のメトロによくあった「1番線は、発車いたします」というものだったし、発車メロディなんてお洒落なものはなくてどこも「プー」という音だったし、03系はチョッパ車が生き残っていて独特な音とともに走っていたし、車掌のアナウンスはトンネルの中ではろくに聞き取れないものでした。今の車両より快適ではありませんでしたが、古い電車の匂いがして良かったなあ。在学中に新型車両が現れ始め、わざわざそれに乗るために電車を30分待ってみたり、逆方向に乗ってみたりといろいろなことをやっていました。あとは千代田線の16000系や常磐線から乗り入れてくる209系の音も好きで、よく霞ヶ関回りで帰っていました。本当はいけないらしいですがもう時効ですね。ここまで書いていて思いましたが、ぼくはなんのために学校に行っていたのでしょうか。多分電車に乗るためです。

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ここから見るとカッコいいですよね。本当に微妙な角度です。

 それと同時に車オタクにもなったのですが、あの頃はなかなか愉快なことをしていました。高校生くらいの車好きは大体そうですが、自動車雑誌のレビューを参考に「この車はトルクがある」だの「この車は高速域で伸びがない」だのと言っていました。今考えると、よく自分で乗らずにそんなことを言っていたものだと思います。逆にすごくないですか?車を運転したことがないどころか免許すら持っていないのにこの発言ができる人がいっぱいいました。今になるとみんな「なんであんなに自信満々に言っていたんだ?」と言っています。

 また大学生になると飛行機オタクへの道を歩み始め、空港に通う生活が始まりました。飛行機の識別はお手の物、音で飛行機がわかるようになったり、CAのアナウンスを丸暗記していたり、ついにフライトシミュレーターに手を出して8ヶ月で15万円くらい資金を投下したり、完全にオタクになってしまったのです。もともとそういう性格なのだと思いますが、興味を持ったことについての知識は勝手にどんどん定着していきます。そして、それを聞いてくれる人を探してはアウトプットすることによってどんどん知識が深まり、相手との溝が深まっていくのです。極々稀にそういう話に付き合ってくれる人がいて、そういう人は大体オタクなんですね。

オタク同士の共鳴

 そう、オタクはオタクに共鳴するのです。同好の士であればもちろんですが、そうでなくてもぼくはオタクの話を聞くのは大好きです。例外はアイドルとアニメで、乃木坂とAKBは全員同じ顔に見えるし、嵐とEXILEの区別はつかないし、そもそもジャニーズなら全員同じ顔に見えるし、アニメはサザエさんちびまる子ちゃんドラえもんおじゃる丸しか知らないので話についていけません。あ、「ごちうさ」は知ってますよ。北千住の発車メロディ「常磐3-1」と主題歌がよく似ているから聞いたことがあります。

 まあそれはさておき、ぼくはオタクである生徒の話はとりあえず聞いてみることにしています。京急についてずっと語っている子がいたり、好きなアイドルグループについて語っている子がいたり(これはほとんど聞いているフリだったりしますが)、城についてずっと語っている子がいたり、今までいろいろな生徒の話を聞いてきました。家でも学校でも自分の熱い語りを聞いてくれる人はあまりいない彼ら(自分がそうでした)にとってぼくは貴重な存在のようで「そろそろ帰らない?」と促すまで喋っているものです。

 その引き換えと言ってはなんですがぼくが彼らに飛行機について語ることもあり、「A350がいかに素晴らしいか」「JALANAのアナウンスはこんなに違う」「フライトシミュレーターがどれほど面白いか」など、まあ一般人が気づくことすらなさそうなことについて小学生相手に語っています。変な大人ですね。ぼくは「ちょっと変わった人」というポジションをとっているので別に問題はないんですが。彼らはこのどうでも良い話を熱心に聞いてくれます。自分の話を聞いてもらったからというよりは、自分の興味を満たすために聞いているので完全にWin-Winの関係になっているのです。この講師にこの生徒あり、って感じですね。

 「オタクは早口だ」「早口で喋るオタクはキモい(←「キモい」って死語ですよね?)などと言われることについて生徒と語ったこともありますが、彼は「オタクは自分が好きなことの魅力を相手に伝えたいから早口なんです。同じ時間だったら早口の方が情報量が多いじゃないですか」と言っていました。小学生でこれを指摘できるとは相当賢いですね。

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そういえば、小学生の頃は昆虫オタクだったかもしれない。

 自分がそうだから言うわけではないですが、ぼくはオタクは全く悪いことではないと思います。母校の芝も「オタク最後の楽園」などと言われていましたが、何かを熱烈に好きだと言うのをは全く悪いことではないでしょう。一般人に迷惑をかけるとしたら話は別ですが、①一般人の知識不足をバカにしない②プロに対する敬意を忘れない、の二点を忘れずにいればオタクは良いものだと思います。